Old School Pop Dance

Pop Dance(ポップダンス)ってどんなダンス?

2022-01-11

Pop Danceについて

Pop Danceとは1958年にアメリカで公開された映画『シンドバッド7回目の航海』が起源とされているストリートダンスのジャンルの1つです。

簡単に説明すると、ロボットダンスだったり、体にウェーブを通したり、マイケルジャクソンのムーンウォークだったり不思議に見える系のダンスのことです。

映画『シンドバッドの7回目の航海』はクレイアニメと呼ばれる1コマ1コマ撮影される技法を用いており、それで撮影された映像がロボットのように不思議に見えることから、ダンスでこの不思議な動きを表現しようとなったのが起源と言われています。

ここからPop、Boogaloo、Animationに派生して進化をしていきます。

シンドバッドの7回目の航海 サイクロプス
サイクロプス(シンドバッドの7回目の航海より)
シンドバッドの7回目の航海 蛇女
蛇女(シンドバッドの7回目の航海より)

サイクロプスがAnimationと呼ばれる不思議なダンスの原点であり、蛇女がwaveの原点と言われています。

このように1960年代に既にロボットダンスやアニメーションが存在しており、それらの踊りをしっかりとしたPop Danceとして確立し、世に広めたのがアメリカのElectric Boogaloos(エレクトリックブガルーズ)と呼ばれるダンスチームです。(マイケルジャクソンの師匠達です)

現在のストリートダンスでは殆どのジャンルでPopの要素が取り入れられており、全てのダンスの礎になっているダンスです。

今回はPop Danceの解説と、その歴史について詳しく記載するよ!

Pop Dance(ポップダンス)とは?

そもそもPopとはポップコーンのPopと同じ意味で、『弾ける』といった意味がある言葉です。

『全身の筋肉に一瞬で力を入れ緊張させ、一瞬で緩ませる』 Popはこれを繰り返して踊るのですが、筋肉の緊張→弛緩、緊張→弛緩....この行為自体を『Pop』と名付けたことがPop Danceの名前の由来です。(日本ではPopを体を弾くと表現したりします)

呼び方は色々あって、Pop Dance(ポップダンス)Pop(ポップ)・Poppin'(ポッピン)などと言われることが多いです。

このダンスは色々な種類があり、解釈が非常に難しいです。

ダンサーでも、Pop、Boogaloo、ロボット、Animationの区別がつかない人が多いのも事実。

それくらいこの手の踊りは密接に関係しているし、垣根もなくなりつつあるのです。(ダンスはカルチャーなので時代と共に進化します)

Pop Danceの種類について

ざっくりPopの種類解説

  • Boogalooとは1番ステップダンスに近いです。不思議には見えるよりはダンスダンスしている感じ
  • Animationは1番不思議に見えるダンスです。ロボット・ムーンウォーク・ウェーブなどが該当
  • Pop Danceはこの2つの中間のようなダンス。筋肉をPopさせて踊るのでカクカクしていて、メリハリがある感じ

日本的に言えば流派とか宗派とか言えば分かりやすいでしょうか。

例えば剣術でも〇〇式とか、□□流派とかあると思うのですが、あれに近いと僕は解釈しています。

様々な地区で踊られていましたから、似たようなダンスでも呼び名が変わっていますし、加えてストリートダンスはカルチャーの側面を持っていますので時代と共に変化しているのです。

Pop Danceのジャンル図解
Pop Danceのジャンル

Popのジャンルを図解してみました。

昔は左側のような解釈をされていました。

アメリカのElectric Boogaloos(エレクトリックブガルーズ)が確立したBoogaloo(ブガルー)と呼ばれるスタイルの中に、Pop DanceとAnimationがあった感じです。

Pop詳しく解説

  • BoogalooはPop(体を弾く)を使わずに、体をスウィングさせたり、ロールさせたり、ウェーブさせて踊る
  • Animationは不思議に見えたら何でもありのダンス、ムーンウォーク、ロボットダンスなど
  • Pop Danceは体の筋肉をPop(弾く)させて踊り、ポップとポージングだけで踊るイメージ

しかし現在では右のような解釈をされることが多いように思います。

Popの中にBoogalooやAnimationがある感じです。

Animationがはみ出しているのは、Animationは独立したジャンルとしての地位を確立しつつあるからです。

文字で説明すると訳がわからなくなる方が多いと思うので、ここらで本物のElectric BoogaloosのShowをご覧ください(笑)

Electric Boogaloos Showcase

Electric Boogaloosのshowですが、正直言ってPop、Boogaloo、Animationが混ざっています(笑)

素人の方が見分けがつく代物ではありません。

今の時代これはPopのshowと呼ぶことが多いです。

いくらBoogaloo、Animation、Robotが混ざっていようがPopとカテゴライズします。

私の個人的な意見としては、Pop、Boogaloo、Animation、Robotなど区別すること自体が不毛なんじゃないかと最近は思います。

音楽に合わせて楽しく踊れば何でもいと思います。これからも進化するでしょうし、無理に区別する必要性はないんじゃないかと思います。

Pop Dance(ポップダンス)の歴史

先ほども記載しましたが1960年代からロボットダンスなるものは存在していました。

 1970年代に入るとそれをダンスとして確立したチームがいくつか登場します。

Popの有名なチーム

  • 1972年「The Black Messengers」
  • 1976年「Electric Boogaloos」
  • 1988年「Boo-Yaa T.R.I.B.E.」

この辺りがPopを有名にしたチームです。

中でもマイケルジャクソンの師匠、Electric Boogaloosの功績は計り知れません。Popの歴史=Electric Boogaloosの歴史と言っても過言ではありません。

次章にてElectric Boogaloosの歴史を深掘りします。

Electric Boogaloosの歴史=Popの歴史

1976年頃、アメリカのカリフォルニアフレズノ地区に、当時有名であったLock DanceチームThe Lockersのドンキャンベルがダンスパフォーマンスに来ていました。(The Lockersについてはこちらを参照)

それを見たブガルー・サム(Boogaloo Sam)少年は大きな衝撃を受け、Electric Boogaloo Lockersを結成します。(Electric Boogaloosの前身)

Popで有名な彼らですが、最初はLocking'を踊っていたのです。

その後ブガルー・サムは当時流行っていたブレイキンやロッキンに大きな刺激を受けていたものの「完全に新しいダンスを生み出したい」と考えるようになります。

1977年頃に今のElectric Boogaloosの名称に変更し、弟のPoppin Pete(ポッピンピート)などを誘い本格的に独自のスタイルを追求していくことになります。(これがブガルースタイルです)

これが今の世にも残っているPoping’の起源と言われています。

Electric Boogaloosのメンバーは、

Electric Boogaloosメンバー

  • ブガルー・サム(Boogaloo Sam)
  • スキータ・ラビット(Skeeter Rabbit)
  • ポッピン・ピート(Poppin’Pete)
  • シュガー・ポップ(Sugapop)
  • ポッピン・タコ(Poppin Taco)
  • ブガルー・シュリンプ(Boogaloo Shrimp)
  • ミスター・ウィグルス(Mr.wiggles)

※ポッピン・タコ、ブガルー・シュリンプは正式メンバーではなかったものの多くの共演をしておりファミリーです。

※ミスターウィグルスはBreakDanceで有名なRock Steady Crewの一員ですが、日本のダンスの神様Seijiの仲介によりElectric Boogaloosに仲間入りします。

こうしてElectric Boogaloosは徐々に活動の領域を広げていき『ソウル・トレイン』の出演、James Brownのミュージックビデオの出演、マイケルジャクソンの振り付けやバックダンサーなどを経て知名度を上げていきます

そして1984年に映画『ブレイクダンス』が公開されほんの数十秒映し出されたPoping’が世界に衝撃を与え、瞬く間に世界に認知されるようになります。(これに出演していたのはブガルー・シュリンプ、ポッピン・タコです)

映画Break Dance ブガルーシュリンプ
映画Break Danceより

この有名なシーンを観たことがある方は多いのではないでしょうか?

Kraftwerkのツール・ド・フランスという曲に合わせてシュリンプがムーンウォークをする映像は世界に大きな衝撃を与えました。

シュリンプとピートは、Michael Jacksonと長年に渡りコンビを組み、「Thriller」や「Beat It」などのパフォーマンスを指導し、MVにも多く参加しています。

こうした功績から、Electric BoogaloosがPop Dance界で伝説となり語り継がれているのです。

日本でPop Danceが広まった理由

日本では1980年頃、LockersのTony Go Goが福岡県に移住したことがきっかけでLock DanceやPop Danceが持ち込まれたと言われています。

そこでダンスを教わった、Yoshibow(横田 義和)Seiji(坂見誠二)が「BeBopCrew」をGazilowが「IMPERIAL JB’s」というチームを立ち上げ、九州を中心にストリートダンスを普及させていきます。

時を同じくして大阪では、1984年の映画『ブレイクダンス』公開後に、Electric Boogaloosのスキータ・ラビットとポッピン・ピートが来日します。

そこで彼らと交流を持ちPopを学んだのが日本のPopダンス界を牽引したWild Cherryさんです。

大阪おPopin'のゴッドファーザーWild Cherry

Wild Cherry(1961〜2010)

日本Poppin'界のゴッドファーザー

かっこよくセクシーでどのジャンルを踊らせても上手い、日本のダンス界の重鎮

本場のElectric Boogaloos仕込みのダンスは見るものを圧倒し、黒人のノリを出せる日本人ダンサーでした。

1991年Poping'チーム「O.G.S(OSAKA GANG STARS)を結成し日本の Poping’シーンを牽引します。(現在でもPop最前線で活躍中のチーム)

その後チームコンセプトを「O.G.S(ORIENTAL GANG STARS)」に変更しElectric Boogaloosが日本に来てPopダンスを普及させたように、韓国でPopダンスを普及させ、K.O.G.S(Korea Oriental Gang Starz)というダンスチームを結成し、Popに対する愛情が非常に深い人でした。

残念ながら2010年に49歳の若さで亡くなっているのですが、非常に人望があり優しくかっこいい人でした。

僕が最も尊敬しているダンサーです!

Wild Cherryさんは多くの後輩を残しており、その1人であるGENERATIONSの中務裕太さんは先日アベマTVでCherryさんとの思い出を語っていました。

GENERATIONS中務裕太とWild Cherry

裕太のダンスの師匠は、Wild Cherryこと故・龍田浩二さん。POPPIN'(POPPING)を日本中に広めたダンス界のレジェンドで、DJ活動などマルチに才能を発揮し大阪のダンスシーンをリードしていたが、2010年6月、49歳という若さで他界した。

番組では、中学時代の裕太が、Wild Cherryさんの元でダンスをする動画も公開。裕太は、「Cherryさんって自分が気に入ってる子の顔を噛む、という話を聞いた1週間後ぐらいに、鼻を噛まれたんですよ。それで、めちゃくちゃ嬉しいなと思ったという記憶がある。僕のこと気に入ってくださってるんやっていう…」と、Cherryさんに可愛がってもらった記憶を回想。

GENERATIONS中務裕太、亡くなった恩師の息子からのメッセージに感無量「ヤバい…」

日本でPopが普及したのはWild Cherryさんの尽力のおかげなんだ!

実際にPop Danceを動画で見てみる

実際に世界トップレベルのPop Danceを見てみましょう。

私が選んだのは2013年に開かれたJAPAN DANCE DELIGHT VOL.20の優勝動画です。

このJAPAN DANCE DELIGHTというストリートダンスの大会は1994年にスタートした日本最大のストリートダンスコンテストで、今ではそのレベルの高さから世界中のダンサーがエントリーし、ここでの優勝は実質的にその年の世界一といっていいほどレベルが高い大会です。

そんな大会に日本ではすでに大御所の地位にいた「O.G.S(ORIENTAL GANG STARS)」が出場したのです。

結成後20年以上経過しており、正直おっさんばっかなのですが...(笑)

showは圧巻でしたね、涙が出ました。そんなパフォーマンスをご覧ください。

Popの解説はこの辺で、それではSee you next time!!

  • この記事を書いた人

ダンスの歴史書の先生

ブラックカルチャーを心底リスペクトしダンスが好きな30代。 ダンスを知らない人にはダンスの魅力を、ダンスをしている人にはもう一段階上手くなるような情報や歴史を面白く伝えるメディアです。

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